阪神淡路大震災から23年。あの日を忘れない

阪神淡路大震災から23年が経過しました。

割合的には4人に1人程度が発生当時、まだ生まれていなかったほど昔の出来事になってしまいました。

実際に、若い世代の人たちに「明日は何があった日?」と聞いても分からないという回答がほとんどで、それは神戸から離れれば、離れるほど比率が高くなっていました。

「あの日を忘れない」が既に忘れられようとしているのです。

 

あの日を忘れない為にも

23年という月日が経っている事から若い人や関西地方以外の人には忘れられようとしています。

実際に東北や新潟、熊本などでは阪神淡路大震災以上または、同等程度の地震を経験しており、そちらの方が上書きされるのは当たり前の現象です。

だからと言ってあの日の事を忘れていいかというと、それは違います。

大都市神戸を襲った地震は、稀に見る大都市圏の直下型地震で、今後発生する可能性の高い首都直下型地震等に活かされなくてはなりません。

おそらく、犠牲になられた人やご遺族もそれを望んでいるはずです。

そして、その為には伝えられる人が、その日の事を伝えなければなりません。

 

被害が拡大した理由を知る

阪神淡路大震災では震度7を記録し、かなり大きな揺れがありましたが、それにしても倒壊する建物が多すぎました。

理由は、神戸には地震が来ないと言われていたからです。

そのため、建物の作りは他の地域と比べ弱く、頑丈であるはずの鉄道施設や高速道路までもが倒壊してしまったのです。

しかし、実際は神戸にも巨大地震の可能性はあると様々な学者から警鐘を鳴らされていました。

それを無視して、対策をして来なかった市や県、国を一方的に責める事は出来ませんが、悔やまれるのは確かな事実ではあります。

現在ではこの教訓を活かして、巨大地震の想定される自治体では様々な対策に予算が注ぎ込まれています。

しかし、それでも足りないのは事実ですが、仕方がないのも事実です。

 

個人で出来る対策をとる

各自治体には予算があり、どうしても対策出来ない事もあります。

そうなると、個人で出来る対策を強化するしか、ありません。

例えば、防災袋を用意しておくだけでも、全国民が徹底すれば、想定される最大の被害は免れるでしょう。

それすらも、経済的に厳しいのであれば、避難場所を知っておく、ぐらいは誰にでも出来るはずです。

特に一人暮らしの人は、土地勘のない場所に住んでいるケースも多いと思うので、一度調べてみましょう。

ぜひ、今すぐに調べてください。

 

あの日を忘れないということは、簡単なようで難しい事かもしれません。

しかし、忘れてしまっては同じ事を繰り返してしまうだけです。

あの時、出来なかった事を次は出来るようにするだけで、多くの命が助かります。

常に地震の事を考えて生きるのはあまりにも、辛いと思うので月に数回は思い出していただけるとありがたいです。

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