あの建物ができる前は何が存在していた?【東京編】

ふと「あの建物が立つ前は、ここに何があったのだろうか」そんな事を思う時があります。

特に、平成に入ってからは、様々な場所で再開発が進んでおり、新しい高層ビルや施設が続々と建設されています。

そこで、今回は東京にスポットを置いて、あの建築物が立つ以前は、そこに何があったのかを調べてみました。

 

六本木ヒルズ

六本木ヒルズのある、港区六本木6丁目地区は、かなり広大な土地で、その昔「毛利家」のお屋敷がありました。

その他にも現在の「東京都立駒場高等学校」と「駒沢大学」の前身にあたる「曹洞宗大学林専門本校」も一角にあったと言われています。

ただ、大部分は木造の民家が立ち並ぶエリアだったようで、なんと500世帯ほど暮らしていたようです。

そんなこともあり、中には反対をする人もいたようで、長い年月がかけられ再開発に至っています。

 

東京都庁

現在の東京都庁がある西新宿エリアは、もともと淀橋浄水場と呼ばれる東京都水道局の施設がありました。

その広さはなんと東京ドーム700個分以上で、あの一等地にそんな施設があったことは、今の姿からは想像できないと思います。

1965年より、淀橋浄水場の機能は東村山市に移され、西新宿の再開発がスタートしました。

よって、現在の西新宿にあるビルの大半は、淀橋浄水場の跡地に建設された建築物になります。

 

恵比寿ガーデンプレイス

恵比寿ガーデンプレイスは、恵比寿の駅前にあるサッポロビールがデベロッパーとなって作られた街です。

そう、サッポロビールの所有地で、もともとはサッポロビールの工場が存在しました。

そのため、現在でもサッポロビール本社や記念館などが置かれています。

ちなみに、恵比寿という地名は、サッポロビールの前身である大日本麦酒が販売していたヱビスビールから来ていると言われています。

 

東京スカイツリー

東京スカイツリーは東武鉄道が主体となり、開発された電波塔ならびに観光地です。

なぜ、東武鉄道が主体となっているかというと、もともとは東武鉄道の貨物駅があったからです。

いまでは、鉄道による貨物事業を撤退していますが、昔はかなり鉄道貨物の需要が強かったようです。

 

東京ミッドタウン

東京ミッドタウンは有名な話なので知っている人も多いと思いますが防衛省本庁がありました。

しかし、六本木の街が発展し、その場所に省庁を置いておくことは土地の有効活用が出来ていないということで、法律に基づき民間に土地を譲り、東京ミッドタウンが誕生しました。

 

ヒカリエ

渋谷駅前の再開発第一弾として先行開業されたヒカリエは、もともと東急文化会館という映画館やプラネタリウムなどが入る複合施設でした。

ちなみに、現在も行われている渋谷駅前の再開発ですが、「渋谷は東急の街」と言われるだけあって、ほとんどの再開発に東急が関わっています。

渋谷にできる新しいビルの9割は東急の所有物で、再開発前も東急の所有物というぐらい、東急色の強い街になっています。

 

比較的新しい建物でも、その前に何が立っていたか知らない事も多かったのではないでしょうか。

知っているからといって、得することは一切ありませんが、雑学として披露できたりする事もあるので、頭の片隅に残していただければと思います。

コメントを残す